ストーリーSTORY
マルセル・マルソーのアーカイブ映像から本作は始まり、マルソーの人物像、家族の思い出や家庭での姿、家族で一つのパフォーマンスを練習する風景も映し出される。彼らはみなパフォーマンス・アーティストなのである。マルソーの孫、ルイ・シュヴァリエ(Louis Chevalier)は「僕が5歳のときに亡くなったから 祖父のことはあまり知らない」という彼もまた、ダンスを学ぶ16歳のパフォーマーである。祖父であるマルソーからダンスの教えを受けたことはない。〈マルセル・マルソーの孫〉として見られることへの重圧を感じ、自分のスタイルを見つけることに思い悩んでいる。家族のインタビューから浮き彫りになるのは、ユダヤ人の精肉店に生まれ、アウシュヴィッツで父を殺されたという、マルセル・マルソーのバックグラウンドである。青年期にユダヤ人孤児300名余をスイスに脱出させたマルソーの抵抗の精神が詳細に語られている。
また、マルソーを知る二人のパフォーマーが〈音のない芸術〉を語る。ロブ・メルミン(Rob Mermin)は、マルソーのマイム学校で学び、世界的に知られる道化役になったが、自身がパーキンソン病に罹患して以降、パントマイムやサーカスの技法を応用し、運動スキルをトレーニングする方法を研究・開発している。本作ではそのワークショップの模様が映し出される。また、ろう者のパントマイマーであるクリストフ・シュテルクレ(Christoph Staerkle)は、生来全く聴こえないが「その代わりマイムがあった」「聴覚はないが二倍激しく生きている」と手話で語る。シュテルクレは監督自身の父親であり、監督が映像に大きな関心を持つきっかけとなった。こうして、マルセル・マルソーを知る人々により、“パントマイムの神様”マルセル・マルソーの実像、そして〈沈黙の芸術〉が映し出されていくのだった。